秋のバス旅行②

11月1日江戸東京たてもの園を後にして川越市の喜多院へ向かいました。

喜多院は徳川幕府で家康から家光まで仕えた天海僧正がいたお寺ですが
寛永15年(1638年)の大火で山門を残して焼失してしまいました。
このとき三代将軍家光は江戸城紅葉山の別殿を移築を指示しました。
このためここには家光誕生の間があるとガイドから説明されました。
またその後江戸城は火災で全焼してしまい
江戸城の遺構が残っている川越を小江戸と言うのだとも説明がありました。




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喜多院の屋根です。
室内は見るのに忙しく撮影していませんでした。




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喜多院の境内には五百羅漢の石仏が538体ありそれぞれの表情に見とれてしまいました。





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喜多院を後にして次は蔵造りの街並み散策です。
ここは電柱を地下に埋設したりエアコンも目につかないところに付けるなど
街並み整備をしています。




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このポストが黒いのも環境整備の一環でしょうか。
蔵の壁が黒いのですがこれは江戸で武家の家が白壁なのに対して
町民の家が黒壁だったことから同じように黒くしたということです。




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ここに蔵の街が出来たのは喜多院が焼失した大火の時に街並みも全焼してしまい
このときに江戸の大工や左官を連れてきて江戸の蔵と同じように作らせたからだということです。
その後江戸では大火で焼失してしまって
江戸を見たければ川越に来いといわれるようになったとか。




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有名な時の鐘がちらっと見えています。




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時の鐘とよばれているけれど本来は火の見やぐらでした。




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ここの街並みにはなぜかこのような洋館もあるのです。
少しも違和感がないのが不思議です。




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この日は日曜日だったからでしょうかすごい人ごみでした。
不思議に思ったのはこの通りがなぜか4車線くらいある広い通りなのです。
昔だったら荷車が通れる幅があればいいはずだと思うのですが
拡張したのでしょうか。
家の構造からしてそうではないように思えるのです。





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ここには駄菓子のお店が並んでいる小路がありますが
今回は何も買わずに帰ってきました。



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